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浦和地方裁判所 平成8年(ワ)1175号 判決 1999年4月26日

原告

細谷義昭

右訴訟代理人弁護士

金和夫

石川滋彦

被告

埼玉県

右代表者知事

土屋義彦

右訴訟代理人弁護士

柘植一郎

被告

三郷市

右代表者市長

美田長彦

被告

野本全

右両名訴訟代理人弁護士

田原五郎

主文

一  被告三郷市は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成八年七月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告三郷市に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告埼玉県及び同野本全に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告三郷市の負担とし、その余は、原告の負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成八年七月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、市町村立学校職員給与負担法一条及び二条に規定する職員(以下「県費負担教職員」という。)であるところ、昭和四八年四月一日、埼玉県教育委員会(以下「県教育委員会」という。)から同県三郷市立高洲(ママ)小学校の教員として任命され、その後、昭和六〇年四月一日、同県三郷市立南中学校(以下「南中学校」という。)に転補され、昭和六三年度には南中学校三年七組の担任をしていた者である。

(二) 被告埼玉県(以下「被告県」という。)は、県教育委員会を設置し、その委員を任命するものである。

(三) 被告三郷市(以下「被告市」という。)は、三郷市教育委員会(以下「市教育委員会」という。)を設置し、県教育委員会の承認を経て、三郷市教育委員会教育長(以下「市教育長」という。)を任命するものである。

(四) 被告野本全(以下「被告野本」という。)は、昭和六三年度当時、市教育長の職にあった者である(以下、市教育長としての被告野本については、「教育長野本」という。)。

2  原告に対する減給処分

原告は、昭和六三年度当時、南中学校三年七組の担任であったが、平成元年三月一六日、同校において行われた卒業証書授与式(以下「本件卒業式」という。)に出席しなかった。

県教育委員会は、平成元年五月一一日、原告に対し、原告が同年三月一六日に行われた本件卒業式に同校三年生の担任でありながら出席せず、定められた職務を果たさなかったことは、地方公務員法三三条(信用失墜行為の規定)及び同法三五条(職務に専念する義務)に違反するものであり、地方公務員として許し難いものであることを理由として、地方公務員法二九条一項に基づき一月間給料月額の一〇分の一を減給する懲戒処分を行った(以下「本件処分」という。)。原告は、同年五月二六日、本件処分に係る処分書及び処分事由説明書の交付を受け、同年六月支給分の給料を一〇分の一減給された上、右減給に伴い昇給を六月間延伸された。

3  被告県の責任原因

(一) 本件処分は、原告の日の丸、君が代に対する思想良心の自由を侵害し、原告の組合活動に対して圧力を加える目的でされた違法な処分である。

(1) 原告が、本件卒業式に欠席した理由は、次のとおりである。

すなわち、本件卒業式では、日の丸の掲揚、君が代の斉唱が予定されていたが、第二次世界大戦前、日の丸は、皇国天皇を象徴し、君が代は、皇国天皇を敬う歌として、天皇制ファシズムによる他国への侵略戦争、植民地化に最大限利用され、また天皇家を一般人とは異なる存在と認識させるものとして、社会的民族的差別の助長に大きな役割を果たしてきた。第二次世界大戦後、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を三大原則とする日本国憲法下において、多数の国民は、侵略戦争を二度と起こさないことを願い、前記歴史的意味ないし役割を担った日の丸の掲揚や君が代の斉唱は行われていなかったが、学校教育現場においては、昭和三三年、学習指導要領の改正に伴い、学校行事等の際に、日の丸を掲揚し、君が代を斉唱することが主張され始め、学習指導要領は、昭和五二年、君が代が国歌と、さらに、平成元年、日の丸の掲揚や君が代の斉唱を強制する形にそれぞれ改められた。もっとも、本件卒業式は、平成元年に改正された学習指導要領が施行される前に実施されたものであるが、このような学習指導要領の改正の動きは、二度と戦争の惨禍を望まない多くの国民の願いや日本国憲法に反するものである。

原告は、埼玉県三郷市立高洲(ママ)小学校において教員生活を始めたころから、生徒一人一人が平等で自主的判断をする立場にあることを基本的に尊重して教育を実施し、障害児の普通学級修学運動、特別学級廃止など障害児の人権を守る運動に取り組むとともに、社会問題となっている部落解放運動にも積極的に参加し、被差別部落の人々との関わりの中で本当の意味の法の下の平等の実現に努力し、また、在日韓国朝鮮人に対する教員採用時の国籍条項や外国人指紋押捺制度等の人権差別について、これらの差別制度の撤廃に協力してきた。原告は、教師として「一人一人が自分で判断すべきである」ということと「差別から学び差別をしない教育」を信条として実践してきたが、これは、国民主権、法の下の平等を定める日本国憲法及びこれに基づく教育基本法の精神にまさしく合致するものである。

これに対し、特別な身分である皇国天皇の象徴である日の丸を掲揚し、皇国天皇を敬う歌である君が代を斉唱することは、差別を是認するものであり、これは原告の前記信条と相容れない。

ところが、南中学校校長染谷耕三(以下「染谷校長」という。)は、平成元年一月三〇日、本件卒業式について審議する職員会議において、同校職員らに対し、日の丸の掲揚、君が代の斉唱を実施したいとの提案をし、これに対し、原告が反対の意見を述べたところ、染谷校長は、原告の意見を十分聞くことなく、本件卒業式を従前どおり行う旨発言した後、右職員会議を打ち切った。そして、染谷校長は、その後、職員会議を開催して日の丸の掲揚、君が代の斉唱の問題について十分な討議をしたり、その他、原告と個別的に話し合ったりなどしないまま、同年三月一六日、本件卒業式を実施した。

原告は、日の丸の掲揚、君が代の斉唱の実施に関して、職員会議での討議やその他の話し合いが尽くされていないまま、自分が納得できない状態で日の丸の掲揚、君が代の斉唱が強行される本件卒業式に出席することは、原告の教師としての思想、信条に反するばかりか、これまで原告が生徒に対して行った教育を否定することにもなると考えて、本件卒業式に欠席せざるを得なかった。

(2) このように、原告は、日の丸や君が代が持つ歴史的意味及びその役割から、教育的信条として、本件卒業式で日の丸を掲揚し、君が代を斉唱することに反対しており、このような原告にとって、十分な話し合いをすることなしに、日の丸の掲揚、君が代の斉唱の実施が決定された本件卒業式に出席し、日の丸の掲揚、君が代の斉唱を強制されることは、教育的信条として耐え難いことであるところ、憲法一九条が保障する思想、良心の自由は、単に沈黙の自由を保障するにとどまらず、自己の思想良心に反する行為やこれを侵害する行為を強制されないことを含むものであるから、原告が、自己の思想良心に反する日の丸の掲揚、君が代の斉唱が強制される本件卒業式に出席しないことも、憲法により保障されている。

(3) 県教育委員会は、原告が、日の丸の掲揚、君が代の斉唱に反対していることを知りながら、原告のかかる思想良心の自由を侵害し、原告の正当な組合活動に対して圧力を加える目的で、原告が本件卒業式に出席しなかったことを理由に本件処分をしたものであり、違法な公権力の行使に該当するというべきである。

(二) 原告には、本件処分事由となった信用を失墜する行為及び職務に専念する義務に違反する行為が存在しない。

(1) 原告は、本件卒業式に出席せず、生徒の氏名の呼び上げ(以下「呼名」という。)や入退場の先導(以下「担任先導」という。)をしなかったが、右呼名及び担任先導は、三年生を担当する教員の裁量に委ねられており、事前の打ち合わせで、担任先導はしないことが決定され、予行練習の時から、担任が先導しなくても生徒が入場できるように準備されていた。また、呼名についても、担任である原告の呼名なしに卒業式の練習がされていた。したがって、本件卒業式において、呼名や担任先導をすることは、原告の職務ではなかったのであるから、原告が本件卒業式に出席せず、呼名や担任先導を行わなかったからといって、これを職務専念義務違反とすることはできないし、原告は、生徒を式場に送り出した後、三年七組の教室で、指導要録の作成、帰りの会のための準備等を行い、また、本件卒業式の参加について教師ともめていた三年六組の生徒を説得して、本件卒業式に送り出すなどしていたもので、職務を逸脱するようなことは、何らしていない。

日の丸の掲揚、君が代の斉唱に反対して本件卒業式に出席しないことが、原告の思想良心の自由として憲法上保障されるものである以上、本件卒業式の欠席も正当化され、職務専念義務違反とすることはできない。この点、地方公務員法三五条は、法律又は条例に特別の定めある場合に限り、職務専念義務は、これを免除することができると定めているが、法律又は条例に定めがなくとも、その上位規範である憲法の定めた権利が侵害されるような場合には、右規定の趣旨又は条理上から特別に職務専念義務は免除される。

したがって、原告には、職務専念義務違反はないから、県教育委員会がした職務専念義務違反を理由とする本件処分は、違法である。

(2) 右のとおり、本件卒業式での担任先導及び呼名は、予行練習のときから原告の欠席を予想して練習されており、本件卒業式においては、原告担任の三年七組の生徒及び他のクラスの生徒は、担任の先導なしに何の混乱もなく式場に入場し、学年主任の呼名も整然と行われ、何らの違和感も混乱もなく予定どおり終了した。本件卒業式後の学級活動は、担任として正常に行い、本件卒業式について生徒保護者から非難、抗議を寄せられることもなかった。もっとも、一部のPTA役員との話合いがあったが、原告を非難したのは、事前に染谷校長と打ち合わせをしたと思われる数人のみであり、PTAからの要望書も一部の者が染谷校長と連絡を取り合って原告を処分するために意図的に作成されたと思われるもので、原告の卒業式欠席により保護者やPTAとの間における信頼関係が損なわれたということはない。なお、後にPTA会長から、原告に対し、和解の申出があり、原告もこれを了承している。また、南中学校職員からの要望書は、染谷校長が、原告の本件卒業式欠席により混乱があったことを印象づけるために一部の教員と謀り要望書を作り、他の教員に対しても強制的に署名させたものであることからすると、他の教員との間における信頼関係が損なわれたこともない。さらに、原告は、本件卒業式当時、南中学校の生徒と信頼関係が一番厚く、多くの問題を解決していたため、他の教員からも指導助言を求められるなど信頼されており、本件処分後も、南中学校の生徒から一番信頼され、後任の校長からの信頼も厚かったので、教育活動に大きな支障を来すことなどなかった。

よって、原告が本件卒業式に出席しなかったことにより、何ら教職に対する信用は、傷つけられていない。

そして、前述のとおり日の丸、君が代に反対して卒業式に出席しないことが、原告の思想良心の自由として憲法上保障されている以上、その卒業式の欠席自体が、信用失墜行為禁止規定に違反するものということはできない。

したがって、原告には、処分理由とされる信用失墜行為禁止規定違反はないので、県教育委員会がした、これを理由とする本件処分は、違法である。

(三) 本件処分は、その手続において、重大かつ明白な瑕疵がある。

(1) 県教育委員会は、市教育委員会の内申をまって県費負担教職員の任免その他の進退を行うものであるから、市教育委員会からの内申がない場合は、県費負担教職員の任免その他の進退について何もすべきでない。しかし、本件において、県教育委員会は、市教育委員会の内申がないにもかかわらず、原告を懲戒処分する方針を決定し、平成元年四月一七日、市教育委員会に対し、原告の懲戒処分に関する内申を(ママ)提出するように指示したが、県教育委員会は、市教育委員会の内申があってはじめて原告の懲戒処分ができるにすぎないことからすると、県教育委員会が、市教育委員会に対し、原告の処分に関して内申をするよう指示する行為は、本来の手続に反して違法である。

(2) また、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地方教育行政法」という。)三八条一項は、市教育委員会は、県費負担教職員の任免その他の進退を行うにあたり、その内申をすると定め、内申は市教育委員会の権限とされているところ、教育長野本には、内申についての権限が委任されていないから、右内申をする権限はない。しかるに、教育長野本は、染谷校長の後任の雑賀俊成(以下「雑賀校長」という。)が、平成元年四月一八日に原告の処分に関する具申書を提出したその日のうちに、市教育委員会の職員が起案した内申書(以下「本件内申書」という。)を決裁した上、翌一九日に開催が予定されている市教育委員会の決議を経ることなく、本件内申書を県教育委員会に提出し、原告の懲戒処分について内申をしており、右内申手続には違法が存する。県教育委員会は、本件内申書の進達には、右瑕疵があることを知りながら、若しくはこれを容易に知り得るにもかかわらず、これを看過した。

(3) そして、懲戒処分は、市教育委員会による内申をまって行われ、内申が懲戒処分の前提となっているところ、本件では、県教育委員会は、市教育委員会からの内申がない段階で、原告に対して処分するとの方針を決めて内申を(ママ)提出するように指示し、また、本件内申書が市教育委員会による議決を経ることなく教育長野本の独断で県教育委員会に提出されたという手続上の違法が存するところ、かかる違法な手続に基づいてされた本件処分は違法である。

(四) 右のとおり、本件卒業式は、原告が出席しなくても、何の混乱もなく滞り無く予定を終了したもので、原告に職務専念義務違反、信用失墜行為禁止規定違反はなかったにもかかわらず、県教育委員会は、原告の日の丸、君が代に反対する思想信条を侵害し、さらに、原告及び原告の加盟する埼玉教育者労働者組合のこれまでの、あるいは今後の正当な組合活動に対する圧力を加える目的で本件処分をしたものであり、また、県教育委員会は、本件処分には、前記のとおり、市教育委員会の内申がない段階で、原告への処分の方針を決めて内申の(ママ)提出を指示したことは、違法である。さらに、県教育委員会は、本件内申書には、市教育委員会の議決を経ずに進達されたことにより、手続上明白かつ重大な瑕疵があり、違法であって無効であることを知りながら、故意に、若しくはこれを容易に知ることができたにもかかわらず過失によりこれを知らずに本件処分を行ったのであるから、被告県は、国家賠償法一条により、かかる違法な本件処分によって生じた損害を賠償すべきである。

4  被告市の責任原因

(一) 市教育委員会は、県費負担教職員の任免その他の進退を行うにあたり、地方教育行政法三八条一項に基づいて内申をするものであり、内申は市教育委員会の権限とされているところ、教育長野本は、本件内申書の提出が市教育長の権限にないことを十分承知しながら、日の丸、君が代に反対する原告を処分しようとした県教育委員会に指示されるまま、あるいは、これと謀って、故意により、市教育委員会の議決を経ることなく、独断で本件内申書を県教育委員会に提出した。

(二) 本件処分は、教育長野本のかかる違法な内申によって行われたのであるから、被告市は、国家賠償法一条に基づいて原告の被った損害を賠償すべきである。

5  被告野本の責任原因

前記のとおり、被告野本は、自己に本件内申書を県教育委員会に提出する権限がないことを十分承知していながら、日の丸、君が代に反対する原告を処分しようとした県教育委員会に指示されるまま、あるいは、県教育委員会と謀って、故意に市教育委員会の議決を経ることなく独断で本件内申書を県教育委員会に提出したのであり、右提出行為は、極めて違法性が強い悪質な職権乱(ママ)用行為である。そして、被告野本が本件内申書を提出した結果、原告は、本件処分を受け、その結果、後記精神的損害を被ったのであり、このような公務員の故意に基づく職権乱(ママ)用行為については、当該公務員も個人として損害賠償責任を負うと解すべきであるから、本件において、被告野本は、民法七〇九条に基づき、右損害を賠償する責任を負う。

6  原告の損害

(一) 原告は、平成元年七月二四日、埼玉県人事委員会に対し、地方公務員法四九条の二第一項に基づき、本件卒業式に臨席しなかったことは、信用を失墜させていないし、また、教員としての職務の専念にも反していないから、同法三三条及び三五条の各事由に違反する事由はないとして、本件処分の取消しを求めて審査請求した。

埼玉県人事委員会は、平成八年一月一〇日、本件処分を取り消す旨裁決した(以下「本件裁決」という。)が、その理由は、県教育委員会は、本件処分を行うにあたり、市教育委員会の内申をまって行わなければならないと定められているところ、本件内申は、市教育委員会の権限であり、教育長野本には、その権限が委任されていないにもかかわらず、市教育委員会の議決に基づくことなく、自らの決裁で本件処分の内申書を県教育委員会に提出しているので、本件処分にはその手続に重大かつ明白な瑕疵があり、処分の正当性を認めることができないということであった。そして、県教育委員会は、本件裁決後、直ちに、原告に対する減給処分及び昇給延伸の原状回復を図り、原告の損害はこの限りでは回復された。

(二) しかし、本件処分は、原告に何ら職務専念義務違反及び信用失墜行為がないにもかかわらずされた原告の思想良心の自由を侵害する違法な処分であり、しかも手続的にも違法があったから、前記のとおり、原告に対する減給処分及び昇給延伸について原状回復の措置がとられても、本件処分から本件裁決までの約六年半の間、原告が被処分者として学校内外において社会的、個人的に受けた精神的苦痛は計り知れず、あえてこれを金銭的に評価すれば三〇〇万円を下らない。

7  よって、原告は、被告県及び被告市に対しては、国家賠償法一条に基づき、被告野本に対しては、民法七〇九条に基づき、被告らに対し連帯して、慰藉料三〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成八年七月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は、認める。

2(一)  請求原因3(一)(1)のうち、南中学校で、平成元年三月一六日に本件卒業式が行われたこと、原告は、同校三年七組の担任でありながら本件卒業式に出席しなかったこと、昭和三三年の学習指導要領の改正に伴い、学校行事の際に、日の丸の掲揚、君が代の斉唱が主張され始めたこと、昭和五二年に改正された学習指導要領において、君が代が国歌と改められたこと、平成元年に、国旗を掲揚し、国家を斉唱しなければならないと改められたこと、本件卒業式は、同年に改正された学習指導要領が施行される前に行われたこと、同年一月三〇日、南中学校で本件卒業式について審議する職員会議が開かれたこと、その際、染谷校長は、日の丸の掲揚、君が代の斉唱を実施したいとの提案をしたこと、その後、本件卒業式の式次第についての職員会議は、一度も開かれず、染谷校長が原告と話し合うこともなかったことは、それぞれ認め、平成元年の学習指導要領の改正において、日の丸の掲揚、君が代の斉唱が強制する形に改められたこと、日の丸が皇国天皇の象徴であり、君が代が皇国天皇を敬う歌であること、日の丸の掲揚、君が代の斉唱は差別を是認するものであるといえること、同年一月三〇日に開かれた職員会議が、原告の意見を十分聞くことなく打ち切られたことは否認し、原告の日の丸、君が代についての歴史的認識及びそれについての主義主張についての部分は、本件訴訟と直接関係がないので認否を行わず、その余は、不知ないし争い、(2)及び(3)は、争う。

(二)  同3(二)(1)、(2)は、否認ないし争う。

(三)  同3(三)(1)のうち、県教育委員会は、市教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の処分ができること、県教育委員会が、平成元年四月一七日、市教育委員会に対し、原告の懲戒処分について内申を(ママ)提出するように指示したことは、認め、その余は、否認し、(2)のうち、地方教育行政法三八条一項が、市教育委員会は、県費負担教職員の任免その他の進退を行うにあたりその内申をすると定め、内申は市教育委員会の権限とされていること、教育長野本に対しては、内申についての権限の委任がなく、その権限が与えられていないこと、教育長野本は、雑賀校長が同月一八日に原告の処分についての具申書を提出したその日のうちに、市教育委員会の職員が起案した本件内申書を決裁したこと、市教育委員会の会議は、翌一九日に予定されていたことは、認め、教育長野本が、本件内申書を、同月一八日に県教育委員会に提出したことは否認し、その余は、争い、(3)は否認ないし争う。

(四)  同3(四)は、否認する。

3(一)  請求原因4(一)のうち、市教育委員会は、県費負担教職員の任免その他の進退を行うにあたり、その内申をするものであり、内申は市教育委員会の権限とされていること、本件において市教育長に、内申の権限が委任されていないこと、教育長野本には本件内申書を提出する権限がないことは、認め、その余は、否認する。

(二)  同4(二)は、否認する。

4  請求原因5は、否認ないし争う。

5  請求原因6のうち、(一)は認め、(二)は否認ないし争う。

三  被告らの反論

(被告県)

1 請求原因3(二)(1)について

原告は、本件卒業式での呼名は学年の裁量に委ねられており、呼名は原告の職務ではなかった旨主張するが、平成元年一月三〇日の職員会議において、担任による呼名は、決定されていたものであり、呼名は、原告の職務であった。また、原告は、何ら職務逸脱行為はない旨主張するが、本件卒業式に出席しないこと自体が職務の逸脱であり、職務専念義務に違反する。

なお、憲法一九条は、思想良心に従って行動する自由まで保障しているものではないから、本件卒業式に出席しなかった原告の行為は、思想良心に従ったからといって何ら正当化されるものではない。

2 請求原因3(二)(2)について

原告は、本件卒業式には予行練習の時から、原告の欠席を予想して行われていた旨主張するが、本件卒業式はもとより予行練習においても、原告が出席するものと考えられており、原告が本件卒業式に欠席したことで、騒然とした事態の発生こそはなかったものの、染谷校長をはじめ南中学校教職員、来賓、保護者に多大の困惑、憤りを与えたことは事実であり、違和感も混乱もなかったということはない。このことは、本件卒業式終了直後及びその後に開かれた保護者会において、保護者から原告に対して非難、抗議が寄せられたこと、原告が本件卒業式後に予定されていた謝恩会への出席を保護者から拒否されたことに顕れている。

原告は、染谷校長が一部のPTA役員と事前に打ち合わせて原告を非難させたり、要望書を作成させたりしたと主張するが、右主張には何の根拠もない。また、南中学校教職員有志の要望書についても、染谷校長が一部の教員と謀り要望書を作らせ、嫌がる教員に対して強制的に書かせたと主張するが、このような事実もない。自立した人格と見識を備え、信頼されるべき教職にある者が、学校内に発生した事故について、苦悩の末に要望書の作成に参加したものと推察されるが、原告の主張は同僚であったこれらの人達の真摯な努力、行動を傷つけるものである。また、後にPTA会長から、原告に対し、和解の申出をしたこともない。

原告は、日の丸の掲揚、君が代の斉唱に反対し、本件卒業式に欠席したものであるが、本件卒業式の式次第が職員会議の多数で決まったことを自分の考えと違うという理由で一人欠席することが教育上あるいは学校の組織運営上も許されるべきものではなく、ましてや義務教育の最後の卒業式を、三年生の学級担任として、生徒はもとより保護者や在校生と共に喜びを分かち合い、祝福し、新たな出発への決意と希望を持たせる教師としての責務及び教育的意義を考えるならば、学校に出勤しながら一人卒業式に参加しないということは、正に異常な事態というほかなく、教育公務員としてその信用を著しく傷つけたものである。

3 請求原因3(三)について

(一) 県教育委員会が、内申の(ママ)提出を指示したのは、教育長野本から厳正な処分を要する旨の意見の進達があり、県教育委員会としても処分の必要があるのではないかとの一応の判断をしたものであり、公立義務教育学校教員の処分については、市教育委員会の意見を尊重すべきであるが、任命権者である県教育委員会として内申の手続等について助言、指導することは、当然のことである。

(二) 県教育委員会は、市教育委員会から、平成元年四月一九日か同月二〇日、原告の懲戒処分に関する本件内申書が提出されたので、これに基づいて原告に対する本件処分を行ったものである。

4 請求原因3(四)について

(一) 県教育委員会は、教育長名義の本件内申書が提出されたので、これが地方教育行政法に定める内申であるとして、本件処分をしたもので、教育長野本が、市教育委員会の議決を経ることなく、本件内申書を県教育委員会に進達したことを知らなかったとしても、そのことに過失はない。

(二) 本件内申書が提出された当時、埼玉県下の市町村教育委員会の中には、規則により、内申の権限を教育長に委任しているところがあったところ、右委任の有無にかかわらず、通常、内申は、市町村教育長名義でされ、かつ、内申書に市町村教育委員会の議決に関する資料が添付されていないし、県教育委員会においても、各市町村教育委員会ごとに内申の権限が市町村教育長に委任されているかどうか確認する扱いが一般的にされていなかった。そこで、本件においても、県教育委員会は、教育長野本が、その権限に基づいて本件内申書を県教育委員会に進達したと信じたことについて過失はない。

(三) 本件処分について、本件内申書が市教育委員会の議決を経ていないまま提出されたという手続上の違法があったとしても、その後、市教育委員会は、平成元年第四回三郷市教育委員会定例会(以下「第四回市教委定例会」という。)において、原告に対する本件処分について報告をしたところ、異議なく承認されたことにより、原告の懲戒処分についても承認されたというべきである。

(四) また、仮に、右議決がなかったとしても、第四回市教委定例会における当時の市教育委員の言動からみて原告を懲戒処分に付することについては異議なく承認される状況にあったというべきであり、県教育委員会も、原告に対する本件処分を議決しているのであるから、原告が本件処分を受けていたことには変わりがない。よって、県教育委員会が、市教育委員会の内申に関する手続の瑕疵を看過して本件処分をしたとしても、原告の損害との間には因果関係がない。

(被告市)

1 本件卒業式に原告が欠席した問題は、本件卒業式当日のうちに染谷校長から市教育委員会に連絡があり、さらに、平成元年三月二〇日及び同月二五日に、染谷校長から市教育委員会に職員事故発生報告書が提出された。教育長野本は、これらの報告によって右事故の概要を知り、担任として呼名する職務を果たさなかったことは誠に遺憾であり厳正な処置を要すると思料し、県教育委員会に対し、教職員事故についての報告と進達をした。

教育長野本は、事態の影響が教職員やPTA、担任生徒の保護者を中心に出ているので、同月三〇日、同年第三回三郷市教育委員会定例会(以下「第三回市教委定例会」という。)の際、教育長報告として、染谷校長の職員事故発生報告書に基づいて原告が本件卒業式に出席しなかったことについて報告した。その席には、本件卒業式に告辞者として出席していた市教育委員会の委員尾内秀雄も出席しており、右尾内秀雄からも、その式場の雰囲気や生徒らの様子が説明された。これらの報告を聞いた他の委員からは、異口同音に職務違反、信用失墜の許し難い行為である等の発言がされた。

教育長野本は、このような事態の推移から、県教育委員会と手続進行を打ち合わせた上で原告に対する処分手続を進めることとし、同年四月一九日開催の第四回市教委定例会で協議した上で県教育委員会に対し原告の懲戒処分について内申をするため、雑賀校長に対し、具申書の提出を指示した。しかし、第四回市定(ママ)例会の会議招集の文書を送付する同月一七日までに右具申書の提出が間に合わなかったため、原告の懲戒処分についての内申についての案件について右会議招集の文書の議題に掲記することができなかった。雑賀校長からの具申書は、同月一八日、提出され、教育長野本は、右同日、右具申書をもとに作成された「人事に関する内申書の提出について(伺い)」の起案を決裁した。教育長野本は、同月一九日、第四回市教委定例会において、追加人事案件として本件内申について提案し、議決を得た上で、本件内申書を県教育委員会に提出した。なお、本件内申書の決裁の日付が第四回市教委定例会の前日となっているのは、市教育委員会事務局では人事案件に関わる内申はあらかじめ内申書を起案しておき、市教育委員会に提案して議決が得られれば直ちに県教育委員会に提出し、得られない場合には、破棄することとされていたもので、本件もそのような従前の通例に従ったものである。

もっとも、第四回市教委定例会の議事録には、原告の懲戒処分の内申に関する事項について記載されていない。しかし、右議題は人事案件であり、しかも現職の職員の不利益処分に関するものであるので会議を非公開とし、また、審議内容及び結果について他に閲覧されることは、被処分者の不利益につながるので、議事録には記載しないことが提案され、了承されたものである。

よって、本件内申について議事録に記載がないからといって、市教育委員会の議決がないということではない。

2 国家賠償法一条は違法性が要件となっており、違法性は被侵害利益の性質と侵害行為の態様との相関関係から判断すべきものとされており、被侵害利益が強固なものであれば、侵害行為の不法性が小さくとも職務行為に違法性があることになるが、被侵害利益がそれほど強固なものでなければ、侵害行為の不法性が大きくならないと加害に違法性がないことになる。

本件における原告の非違行為は、地方公務員として公共の利益に深く関わりながら信用失墜行為の禁止に違反し、職務専念義務に違反するという重大なものであり、一方、教育長野本の侵害行為は教育長として市教育委員会に正式に諮らずに内申を行ったものであったとしても、前述のとおり、正式に市教育委員会に諮った場合には、異議無く議決が得られていたことは疑いの余地のないことであるから、その不法性は大きくない。よって、これらの事情を相関的に総合すると、教育長野本の行為は、職務行為として違法性がないから、被告市は、原告の損害について賠償する責任を負わない。

3 平成元年三月二(ママ)〇日に開催された第三回市教委定例会において、原告の本件卒業式欠席について報告された際、他のほとんどの委員が職務違反、信用失墜の許し難い行為であるとして処分の必要性を認める論議をしており、市教育委員会は、原告の懲戒処分について内申することをあらかじめ了承していたし、原告が懲戒処分されたことが市教育委員会の委員の知るところとなった後に開催された同年第五回三郷市教育委員会定例会(以下「第五回市教委定例会」という。)においては、どの委員からも内申書提出や懲戒処分のことについて何ら議論されることなく、当然のように受け入れられていたことからすると、県教育委員会に対する本件内申書の提出について、事後承認されていたのである。よって、教育長野本が、市教育委員会に正式に諮らずに内申を行ったものであったとしても、正式に内申を市教育委員会に諮った場合には、異議無く議決されていたことは疑いの余地がないから、教育長野本が、市教育委員会での議決なしに本件内申書を提出したことと、原告が懲戒処分を受け、その結果精神的損害を被ったこととの間には因果関係がない。

(被告野本)

1 被告野本の本件内申書の提出行為は、公権力の行使に当たるところ、公権力の行使に当たる公務員の職務行為に基づく損害については、国家賠償法により、国又は公共団体がその損害を賠償する責任を負担し、当該公務員個人は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負担しない。

2 また、前記三(被告市)1のとおり、被告野本は、第四回市教委定例会において、原告の内申について議決を経た上で、本件内申書を県教育委員会に提出しているから、被告野本の右行為に手続上の違法はない。

四  被告らの反論に対する認否

いずれも否認ないし争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  南中学校において、平成元年三月一六日に本件卒業式が行われたこと、原告は、同校三年七組の担任教諭でありながら、日の丸の掲揚、君が代の斉唱に反対するとして、本件卒業式に出席しなかったこと、県教育委員会は、同年五月一一日、原告に対し、原告の右行為は、地方公務員法三三条(信用失墜行為)及び同法三五条(職務専念義務)に違反するものであるとして、本件処分をしたこと、原告は、同月七月二四日、埼玉県人事委員会に対し、原告が本件卒業式に出席しなかったことは、信用を失墜させていない、教員としての職務専念義務に違反するものでないとして、本件処分の取消しを求める審査請求をしたこと、埼玉県人事委員会は平成八年一月一〇日、県教育委員会は、教育長野本が市教育委員会の議決に基づくことなく、自らの決裁をした本件処分の内申書に基づいて本件処分をしており、本件処分の手続に重大かつ明白な瑕疵があり、本件処分の正当性を認めることができないとして、本件処分を取り消す旨の裁決をしたこと、県教育委員会は、本件裁決後、直ちに原告に対する本件処分に係る減給及び昇給延伸について原状回復の措置を講じたことは、当事者間に争いがない。

二  右当事者間に争いのない事実のほか、証拠(<証拠・人証略>、原告及び被告野本全の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

1  原告の本件卒業式の欠席

(一)  原告は、昭和四八年四月一日、三郷市立高州小学校の教員として採用になり、南中学校に昭和六〇年四月一日に転補され、昭和六三年度には南中学校三年七組の学級担任をしていた。

(二)  南中学校において、平成元年三月一六日、本件卒業式が実施されたが、原告は、同校三年七組の学級担任でありながら本件卒業式に出席しなかった。

2  昭和六三年度の南中学校長である染谷校長は、平成元年三月二〇日、原告が本件卒業式に出席しなかったことについて、教育長野本宛に、「職員事故発生報告書」と題する書面(三郷南中発第一五九号)(<証拠略>。以下「本件第一報告書」という。)を作成し、市教育委員会に提出した。

本件第一報告書の提出を受けた教育長野本は、右同日、県教育長宛に、本件第一報告書を別紙として添附した「教職員事故について(進達)」と題する書面(三教学発第二九一号)(<証拠略>。以下「本件第一教育長進達」という。)を作成し、右同日、埼葛教育事務所に提出した。

本件第一教育長進達の提出を受けた埼葛教育事務所長は、同月二二日、県教育長宛に、本件第一教育長進達を別紙として添附した(本件第一教育長進達には、本件第一報告書が別紙として添附されている。)「教職員事故について(進達)」と題する書面(埼葛教第三〇三八号)(<証拠略>、以下「本件第一事務所長進達」という。)を作成し、県教育委員会に提出した。

本件第一事務所長進達の提出を受けた県教育委員会は、右同日、本件第一事務所長進達を県教育委員会で供覧させる旨の起案がされ、県教育長は、これを決裁し(<証拠略>)、本件第一事務所長進達は、県教育委員会において、供覧された。

本件第一事務所長進達には、次のとおりの記載がある。

(一)  南中学校では、平成元年一月三〇日午後三時三八分から同日午後四時五五分まで、研修室において、職員会議が開かれ、「昭和六三年度三郷市立南中学校第四二回卒業証書授与式実施計画案」、「卒業証書授与式の動き略時程」、「六三年度卒業証書授与式の展開」、「配置図」の議題について、教務主任上野龍谷教諭から説明があり、計画案どおり実施することとした。そして、染谷校長は、昨年度の卒業式はよくできたので、本年度も従前どおり行う、日の丸の掲揚、君が代の斉唱は実施する旨述べ、卒業式の実施要領等についての協議は終わった(<証拠略>)。

(二)  原告は、平成元年三月一日午前一〇時二〇分ころ、南中学校校長室を訪れ、染谷校長に対し、同校教頭立会のもと、本件卒業式で日の丸を掲揚し、君が代を斉唱することを撤回するよう要求するとともに、これまで生徒に対し、日の丸、君が代の意味や役割について指導し、これに反対してきたにもかかわらず、日の丸が掲揚され、君が代が斉唱される本件卒業式に出席することは、原告がこれまで行ってきた指導に反するから、もし、本件卒業式で日の丸の掲揚や君が代の斉唱をすることを撤回しないのであれば、原告は本件卒業式に協力できない旨述べた。これに対し、染谷校長は、原告に対し、原告の協力できないということの意味を尋ねたところ、原告は、染谷校長の問いに対し直接は答えず、何が起こるか予想できるでしょう等と述べたので、染谷校長は、本件卒業式に出席しなければ、教師として信頼を失うから、本件卒業式には出席するよう申し渡した(<証拠略>)。

染谷校長は、同日午後四時三〇分、校長室において、三年担当教職員の臨時学年集会を開いた。参加者は、三年担当教職員九名、染谷校長、教頭、教務主任の合計一二名で、原告は、出張により欠席であった。染谷校長は、参加者に対し、同日午前中、原告から本件卒業式に協力できない、何が起こるのか予想できるでしょう等という話があったことを伝えるとともに、卒業式に参加しないことが予想される生徒について、早めに指導するよう指示した(<証拠略>)。

(三)  染谷校長は、平成元年三月六日、学年主任堀切房子教諭(以下「堀切学年主任」という。)から生徒の動きについて報告を受けた(<証拠略>)。

(四)  南中学校では、平成元年三月一三日、本件卒業式の予行練習が行われ、その後同日午後三時三五分から午後五時五分まで職員会議が開催された。原告は、年休をとって、右予行練習及び職員会議のいずれにも欠席した。染谷校長は、職員全員が本件卒業式に参加して、三年生を祝福することを指示した(<証拠略>)。

(五)  染谷校長は、平成元年三月一四日午前八時二〇分、職員室において、三学年の朝の打ち合わせの場で、教頭を立会に、原告を含む三年担当教職員に対し、三年生の女生徒の服装を正すよう指導するように指示し、さらに、原告に対し、予行練習に参加しなかったが、本件卒業式及びこれからの練習には参加するよう求めた。そして、三年生の担任全員に対し、「三年の全先生方、本件卒業式の当日にも参加をお願いします。」と要請した(<証拠略>)。

(六)  染谷校長は、平成元年三月一五日午前八時二五分、朝の打ち合わせの際、職員室において、全職員に対し、明日の卒業式には、生徒の服装や髪型等を正して全生徒を出席させるように指導することを指示するとともに、全職員も本件卒業式に参加して、三年生の卒業を祝福するよう要請した(<証拠略>)。

(七)  本件卒業式は、平成元年三月一六日午前九時から開始された。原告は、同日午前八時ころ、南中学校に出勤していたが、染谷校長の方針で決定した国旗を掲げ、国歌を斉唱する本件卒業式に反対して本件卒業式に出席しなかった。そのため、原告が担任する三年七組の生徒の呼名は、堀切学年主任が、原告に代わって行った(<証拠略>)。なお、本件卒業式の間、校内を巡視していた教員二名は、原告が三年七組の教室にいたことを確認し、染谷校長は、右事実について、右各教員から報告を受けた(<証拠略>)。

(八)  染谷校長は、平成元年三月一八日午前八時四〇分、校長室において、教頭立会のもと、原告に対し、本件卒業式に出席しなかったことを確認した上、南中学校の保護者らから、原告が学級担任としての義務を放棄したことに対する苦情、抗議の電話があったこと、原告が呼名という学級担任としての職務を放棄したことへの保護者らの怒りは当然であること、本件卒業式に原告が出席しなかったことについて新聞社から問い合わせがあったこと、校長として市教育委員会に原告が本件卒業式に出席しなかったことについて報告しなければならないことについて話した。さらに、染谷校長が、原告に対し、てん末書を書くように指示したところ、原告は、染谷校長に対し、てん末書を書く意思はなく、てん末書は提出しない旨返答した(<証拠略>)。

(九)  そして、本件第一事務所長進達には、埼葛教育事務所長の所見として、本事故は、卒業していく全生徒に与える影響はもとより列席した保護者に対する信頼を大きく損ねる結果となったこと、特に原告が担任する三年七組の生徒が受けた精神的影響は計り知れないものと思うこと、原告の行為は、保護者の信託に答(ママ)えるべき教育公務員として許し難いものであり、市教育委員会の所見どおり厳正な措置が必要であること、公教育の重要性やそのあり方について市教育委員会を通して、再びこのような事態の発生をみぬよう指導に当たり、あわせて保護者への信頼回復に万全を期するよう努めていく所存であることがそれぞれ記載され、本件第一事務所長進達に添附された本件第一報告書には、染谷校長の所見として、担任である教師が卒業証書授与式に参加せず、生徒、保護者及びPTAの皆様に迷惑をかけ、さらに学校全体の信頼を失ったことは、誠に残念であり、痛恨の極みであること、校長として指揮監督が不十分であったため、他の教職員及び関係機関の皆様に多大なご迷惑をかけたことを深くお詫びすることが記載されており、同じく本件第一事務所長進達に添附された本件第一教育長進達には、教育長野本の所見として、本件卒業式における原告の行為は、教育公務員として誠に遺憾であり、厳正な処置を要すると思料されること、原告に対しててん末書の提出を学校長から指示されたのに、これを拒否したことは、誠に遺憾であること、今後の学校運営に支障をきたすことも予想されるので、校長を通して正常な学校運営がされるよう指導することがそれぞれ記載されている(<証拠略>)。

3  染谷校長は、平成元年三月二五日、本件第一報告書を提出した後の原告等とのやりとりについて、さらに、教育長野本宛に、「職員事故発生報告書(第二報)」と題する書面(三郷南中発第一六三号)(<証拠略>。以下「本件第二報告書」という。)を作成し、市教育委員会に提出した。

本件第二報告書の提出を受けた教育長野本は、同月二七日、県教育長宛に、本件第二報告書を別紙として添附した「教職員事故について(進達)」と題する書面(三教学発第三二五号)(<証拠略>。以下「本件第二教育長進達」という。)を作成し、埼葛教育事務所に提出した。

本件第二教育長進達の提出を受けた埼葛教育事務所長は、同月二八日、県教育長宛に、本件第二教育長進達を別紙として添附した(本件第二教育長進達には、本件第二報告書が別紙として添附されている。)「教職員事故について(進達)」と題する書面(埼葛教第三〇八九号)(<証拠略>、以下「本件第二事務所長進達」という。)を作成し、県教育委員会に提出した。

本件第二事務所長進達には、次のとおりの記載がある。

(一)  平成元年三月二一日、原告の自宅に、本件卒業式に出席しなかったことに関する質問状が内容証明郵便で送付されたため、原告は、右同日午後八時五〇分ころ、染谷校長の自宅に電話して、染谷校長が右質問状の作成に関与しているのか問い質した(<証拠略>)。

(二)  染谷校長は、平成元年三月二二日午後〇時三〇分ころ、職員室コピー機の近くで、原告に対し、保護者会を開いて校長として三年七組の保護者らに対し謝罪するから、原告も担任として出席するように話したところ、これに対し原告は、問題になりますよ、大変なことになりますよ等と返答した。

同日午後三時五分ころ、埼玉教職員労働者組合員五名が南中学校に来校し、午後三時二〇分ころ、右組合員及び原告の合計六名が、事前の約束をとらずに、染谷校長との話し合いを求めて同校校長室に訪れ、染谷校長と、原告らとの間で、やりとりがあった(<証拠略>)。

同日午後四時五分から同日午後五時二八分まで、南中学校南校舎一階三年一組の教室において保護者会が開かれた。参加者は、三年七組の保護者一四名、PTAの学年役員一四名、三年生担当教諭一〇名であったが、原告は、当初は不在であり、染谷校長が保護者に対して謝罪し、右教室を退出した後、三年学年担当教諭と保護者らとの間で話し合いがされ、その後、右教室に現われた原告と保護者らとの間で、原告が本件卒業式に出席しなかったことについて話し合いがされた(<証拠略>)。

(三)  南中学校教頭は、平成元年三月二三日、朝の打ち合わせの会において、前日、埼玉教育労働者組合員が事前の約束もなく校長室を訪れ、染谷校長と右組合員との間でやりとりがあったことについて報告した。その後、原告は、右同日午前九時ころ、同校教頭に対し、話し合いの機会を持ちたいとの申出をした(<証拠略>)。

(四)  染谷校長は、平成元年三月二四日午前一〇時三〇分、教頭とともに三郷市教育委員会を訪れた。染谷校長は、市教育委員会において、埼玉教育労働者組合から、市教育委員会に対し、染谷校長及び南中学校教頭を市教育委員会との交渉の場に出すようにとの要求があったことを聞いた(<証拠略>)。

4  平成元年三月三〇日午後一時五五分から同日午後五時一〇分まで、三郷市役所教育委員会室において、第三回市教委定例会が開催された。あらかじめ議題とされていた事項について審議した後、右各議題はいずれも原案どおり可決された。その後、教育長報告事項として、三郷市立の小中学校の卒業式の状況等が報告された。このとき、南中学校の本件卒業式についても報告され、原告が本件卒業式に出席しなかったことも報告された。また、本件卒業式に参加していた尾内秀雄委員からも、本件卒業式の状況が報告され、他の委員からは、原告の行為について許し難い行為である等の意見が、口々にささやかれた。

これらの報告の後、次回の会議は、同年四月一九日と決定された上で、閉会した(<証拠略>)。

5  平成元年四月一七日、市教育委員会委員長から教育長野本に対し、第四回市教委定例会を招集する旨の「三郷市教育委員会の会議の招集について」と題する通知がされた(<証拠略>)。右通知には、第四回定(ママ)例会が開催される日時が同月一九日午後一時からであること、開催場所が三郷市役所の教育委員会室であることのほか、議題事項として、「議案第一九号、平成元年度教育方針を定めることについて」、「議案第二〇号、三郷市立小・中学校管理規則の一部を改正する規則について」、「議案第二一号、三郷市教育相談室室長の任命及び常任相談員を委嘱することについて」、「議案第二二号、三郷市立仮称ニュータウン中学校新設に伴う各学校の通学区域の編成等審議会委員を委嘱することについて」、「議案第二三号、三郷市立仮称ニュータウン中学校新設に伴う各学校の通学区域等を諮問することについて」、「議案第二四号、三郷市文化財保護審議委員会に対して諮問することについて」との六つの議題及びその他の教育長報告について記載されていた。そして、右通知書には、「平成元年第四回三郷市教育委員会定例会議事日程」と題する書面と右六つの議題ごとに、参考資料がそれぞれ添附されていた。

なお、教育長野本の右「平成元年第四回三郷市教育委員会定例会議時(ママ)日程」には、鉛筆で「追加人事案件(県内申)」と書き込みがされている。

ところで、教育長野本は、これまでの染谷校長からの報告書及び第三回市教委定例会における市教育委員会の委員の発言等から、原告に対して懲戒処分の申立をすることを考えて県教育委員会の指導を仰ぎ対応しようとしていたところ、同月一七日、埼葛教育事務所から、市教育委員会学務課長へ、原告の懲戒処分について内申を提出するよう指示があり、市教育委員会学務課長は、右同日午後七時三〇分ころ、教育長野本に対し、原告の処分に関する内申をされたいとの県教育委員会義務教育課からの連絡があったことを報告した。そこで、教育長野本は、雑賀校長に対し、原告の懲戒処分についての具申書を提出するよう指導した。

6  雑賀校長は、平成元年四月一八日、教育長野本に対し、日付欄のみを空欄とした「職員の懲戒処分に関する具申」と題する書面(三南中発第一二号)(<証拠略>。以下「本件具申書」という。)を提出した(<証拠略>)。本件具申書には、原告が教職に対する信用を傷つけ、職員全体の不名誉となる行為を行ったことを理由として、原告に対する厳正な処分を求める旨記載されていた。なお、空欄にされていた日付欄は、後に県教育委員会の職員である権田均夫が、県教育委員会の平成元年第一〇九〇回県教育委員会定例会(以下「第一〇九〇回県教委定例会」という。)の期日(同月二七日)に合わせて「元・4・25」と書き加えた。

市教育委員会は、雑賀校長から、本件具申書の提出を受けた後、原告がその職の信用を傷つけ、また職員の職全体の不名誉となる行為を行ったことを処分事由として、原告の懲戒処分を求める旨の「人事に関する内申書」と題する本件内申書を同月一八日までに起案した上で教育長野本の決裁を求め、教育長野本は、右同日、右起案について決裁した(<証拠略>)。

7  平成元年四月一九日午後一時から同日午後五時まで、第四回市教委定例会が開催された。その会議録(<証拠略>)には、第三回市教委定例会の会議録の朗読及び右会議録への署名がされたこと、前記議題第一九号及び第二〇号、第二二号ないし第二四号については、審議した結果、原案どおりいずれも可決されたこと、その後、議題第二一号及び第三回市教委定例会から継続審議とされていた「議題第一六号、就学猶予者の認定について」は、人事案件として非公開とすること、三郷市立仮称ニュータウン中学校建設及び三郷市立前間小学校増築工事等について教育長野本から報告があったこと、次回の第五回市教委定例会は同年五月二二日月曜日に開催されることが、それぞれ記載されていた。

8  教育長野本は、市教育委員会において起案された原告の内申に関する文書を決裁した後、これを「人事に関する内申書」と題する書面(三教学発第四二四号)(<証拠略>。以下「本件内申書」という。)として、日付欄のみ空欄のままで県教育長に提出した。本件内申書の空欄だった日付欄には、後日、権田均夫が、第一〇九〇回県教委定例会の期日に合わせて、「元・4・26」と書き込んだ。

9  市教育委員会における文書収受発送件名簿(<証拠略>)の収発月日欄には、「4月26日、第424号」、差出元又は宛名欄には、「県教育長」、件名欄には、「人事内申(細谷)」との記載がある。なお、市教育委員会は、当初、埼葛教育事務所の指示により右文書収受発送件名簿の収発月日を空欄にしていたが、後日、埼葛教育事務所から、本件内申書の作成日付を平成元年四月二六日とした旨の連絡を受けたので、その旨、右収発月日の欄に記載した(<証拠略>)。

10  本件処分に至る経緯

(一)  平成元年四月二七日、第一〇九〇回県教委定例会が開催された。右定例会において、まず、県教育委員会委員長が人事案件に係る協議事項について秘密会とする動議を提出し、全出席者がこの動議に賛成して秘密会とすることに決定した上で、県教育委員会教育長から、卒業証書授与式に出席せず職務を果たさなかった原告に対する懲戒処分に関する協議について提案された。その後、県教育委員会義務教育課長が、事故者、発生日時、発生場所、事故の原因及び事故の概要並びに処分の内容及び処分についての考え方等について説明し、協議の結果、県教育委員会事務局において原告に対する処分について、さらに検討し、次回の定例会で再度協議することとされ、秘密会は、解かれた。その後、次回の同年第一〇九一回埼玉県教育委員会定例会(以下「第一〇九一回県教委定例会」という。)の期日を五月一一日と決定した(<証拠略>)。

(二)  権田均夫は、平成元年五月一日、同月一一日開催の第一〇九一回県教委定例会において、原告の人事について協議題(ママ)として提案し、協議が整った上は、議案として追加提案し、同委員会の議決に基づき処分してよいか伺う旨の起案を作成し(<証拠略>)、県教育長の決裁を得た。

(三)  平成元年五月一一日、埼葛教育事務所において、本件内申書(<証拠略>)の申出に基づき、地方公務員法第二九条第一項により一月間給料月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分を発令してもいいか伺う旨の起案書が作成され、県教育長において、決裁された(<証拠略>)。

右同日午前一〇時、第一〇九一回県教委定例会が開催され、まず、原告に対する懲戒処分に関する協議を秘密会とすることについて動議が提出され、これが議決された後、県教育長から、原告を懲戒処分とすることについて協議すること、及び、右協議が整い了解が得られたら、本日の定例会に、原告の懲戒処分について、追加議案として上程したい旨説明された。次に、県教育委員会義務教育課長から、事故者、発生日時、発生場所、事故の原因及び事故の概要並びに前回の第一〇九〇回定例会における協議後、県教育委員会事務局においてさらに検討を加えた結果、原告に対し、地方公務員法第二九条第一項により一月間給料月額の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分をするという処分案が出された旨説明を行った。そして、協議の結果、右事務局の処分案のとおり処分を行うことで意見が一致したので、原告の懲戒処分について追加議案(「教職員の人事について」、第四〇号議案)として上程し(<証拠略>)審議することになった。右審議において、県教育委員会義務教育課長は、原告に対する処分案及び処分事由説明書の全文を朗読し、審議の結果、全出席者の誰からも異議が出ることなく右処分案どおり可決され、原告は、県教育委員会によって、地方公務員法第二九条第一項により一月間給料月額の一〇分の一を減給するとの本件処分を受け、秘密会は、解かれた。その後、次回の定例会が、同月一八日午前一〇時に開催されることが決定された(<証拠略>)。

(四)  県教育委員会は、平成元年五月二六日、埼葛教育事務所において、原告に対し、本件処分にかかる書面(以下「本件処分書」という。)の交付及び開示をした。

なお、県教育長は、右同日、教育長野本に対し、「教職員の懲戒処分について(通知)」(親教義題二四一号)(<証拠略>)と題する書面を交付し、原告に本件処分書を交付する際、立ち会うよう要請し、また、埼葛教育事務所長に対し、「教職員の懲戒処分について(通知)」(親教義題二四二号)(<証拠略>)を交付して、教育長野本と同様、立ち会い及び交付状況の速やかな報告を依頼した。

11  原告の審査請求と本件処分の取消し

原告は、同年七月二四日、埼玉県人事委員会に対し、地方公務員法四九条の二に基づき、本件卒業式に臨席しなかったことは、信用を失墜させていないし、また、教員としての職務専念義務にも違反していなかったから、地方公務員法三三条及び三五条に何ら違反していないとして、本件処分の取消を求めて審査請求し、埼玉県人事委員会は、平成八年一月一〇日、処分者が職員の懲戒処分を行うに当たっては、法令に定める厳格な手続が必要とされるが、本件処分にあたっての市教育委員会の内申に係る一連の手続において重大かつ明白な瑕疵を内在していることから、処分の正当性を認めることはできず、原告の非違行為の事実を勘案しても、本件処分の取消は免れないものであるとして、本件処分を取り消し、原告に対して前記のとおりの原状回復の措置が採られた。

三  被告県に対する損害賠償請求について

1  原告は、本件処分は、原告の日の丸、君が代に反対する思想、信条を侵害し、原告及び原告の加入する埼玉県教育労働者組合の正当な組合活動に対する圧力を加える目的で、違法な本件処分をしたと主張する。しかしながら本件処分は、原告が本件卒業式に出席せず、生徒の呼名を行わなかったこと等の所為に対して課せられたものであり、本件全証拠によるも、県教育委員会が、原告の日の丸の掲揚、君が代の斉唱に対して反対するという思想、信条を侵害する目的あるいは正当な組合活動に対し圧力をかけるという目的で本件処分をしたという事実を認めることはできないし、かかる事実を認めるべき証拠も存しない。

2  次に、原告は、原告には本件処分事由である信用失墜行為及び職務専念義務違反の事実が存しないと主張する。

原告は、埼玉県人事委員会に対し、本件処分の前提となった信用失墜行為及び職務専念義務違反の事実が存しないと主張して、本件処分の取消しを求める審査請求をしたところ、埼玉県人事委員会は、原告の本件処分を取り消す旨の裁決をしたが、右裁決の理由は、県教育委員会の原告に対する本件処分は、処分者が職員の懲戒処分を行うに当たっては、法令で定める厳格な手続が必要とされているが、本件処分に当たっての市教育委員会の内申に係る一連の手続において、重大かつ明白な瑕疵を内在していることから、本件処分の正当性を認めることができず、原告の非違行為の事実を勘案しても本件処分の取消しは免れないというものである。前記認定した事実によると、県教育委員会は、本件処分をする過程において、平成元年三月二二日、埼葛教育事務所長から、「教職員事故について(進達)」と題する本件第一事務所長進達とこれに別紙として添附されていた教育長野本作成の本件第一教育長進達及び染谷校長作成の本件第一報告書の、さらに、同月二八日、「教職員事故について(進達)」と題する本件第二事務所長進達とこれに別紙として添附されていた教育長野本作成の本件第二教育長進達及び染谷校長作成の本件第二報告書の各進達を受けたこと、県教育委員会は、本件第一及び第二事務所長進達とこれに添附されていた本件第一及び第二教育長進達、本件第一及び第二報告書により、染谷校長は、本件卒業式では日の丸を掲揚し、君が代を斉唱するとして、原告を含む南中学校の全職員に対し、本件卒業式に出席することを求めていたこと、原告は、日の丸の掲揚、君が代の斉唱に反対するとして、本件卒業式には協力できないし、出席することができない旨を主張し、本件卒業式に出席せず、本来は原告がすべき担任学級の呼名をしなかったため、堀切学年主任が原告に変(ママ)わってこれを行ったこと、染谷校長のもとへ、原告が本件卒業式に出席しなかったことについて、担任としての義務を放棄したとする苦情や抗議の電話があったほか、新聞社からの問い合わせがあったこと、染谷校長は、原告に対し、てん末書を提出するように指示したが、原告はこれに応じなかったこと等の事実を確認し、その結果、原告が、南中学校三年七組の担任でありながら、本件卒業式に出席せず、呼名をする等定められた職務を果たさなかったことは、地方公務員法三三条に定める信用を失墜する行為及び同法三五条に定める職務に専念する義務に違反する行為に該当すると判断し、本件処分をしたことが認められる。地方公共団体の職員である原告は、その職の信用を傷つけるような行為をしてはならないことはもとより、法令の定めるところに従い、上司である校長から命じられた事(ママ)務を忠実に遂行し、本件卒業式を円滑かつ厳粛に遂行すべき職務上の義務を負っているというべきところ、昭和五二年に改正された学習指導要領では、国旗を掲揚し、国家(ママ)を斉唱することが望ましいとされており、また、前記のとおり、染谷校長は、本件卒業式においては、日の丸を掲揚し、君が代を斉唱することとし、南中学校の職員全員に本件卒業式への出席を指示したのであるから、原告は、南中学校の教師として、本件卒業式に出席し、呼名をすべきであるにもかかわらず、日の丸の掲揚、君が代の斉唱をする本件卒業式には出席することができないとして、卒業生を送り出す三年七組の学級担任でありながら、本件卒業式に出席せず、本来は担任教師が行うべき生徒の呼名をしなかったものであり、本件卒業式後、染谷校長のもとへ原告が本件卒業式に出席しなかったことについて、担任としての義務を放棄したとする苦情や抗議の電話があったことに照らすと、原告の右行為が、教職員としての職の信用を傷つけたと同時に、職務に専念する義務に違背していることは明らかであるといわざるを得ない。なお、原告は、原告が本件卒業式に出席しなかったことに対する苦情や抗議は、染谷校長らが、一部の父兄らと図ったものであり、本件卒業式当時、原告は、南中学校の生徒からの信頼関係は一番厚く、他の教職員からも指導助言を求められていたとし、これに沿う供述をするが、原告の供述以外に右事実を認めるべき証拠はなく、前記認定した事実に照らし、右供述は、たやすく採用することができない。そうすると、県教育委員会が、本件処分における各種の資料を総合勘案して、原告につき地方公務員法三三条及び同法三五条に違反するとして、本件処分をしたことは相当であり、国家賠償法一条にいう違法な公権力の行使に該当する事実があったと認めることはできない。

3  原告は、県教育委員会が、市教育委員会からの内申がないにもかかわらず、原告に対する懲戒処分を行うこととし、市教育委員会に対し、原告の懲戒処分について内申を指示したことは、地方教育行政法に反する違法な行為であると主張する。

県教育委員会が、市教育委員会に対して原告の懲戒処分について内申するように指示したことは、当事者間に争いがない。

地方教育行政法三八条一項は、県教育委員会は、市教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとすると定めているが、これは、県費負担教職員について、県教育委員会にその任命権を行使させることにより、その人事の適正配置と人事交流の円滑化を図る一方、これらの教職員は、市町村が設置する学校に勤務し市町村教育委員会の監督の下にその勤務に服する者であることから、県教育委員会がその任命権を行使するに当たっては、服務監督者である市教育委員会の意見を反映させることとし、両者の協働関係により県費負担教職員に関する人事の適正、円滑を期する趣旨であると解されている。したがって、県教育委員会が県費負担教職員に対する懲戒処分をするためには、市教育委員会からの当該職員に関する処分内申が必要であり、その内申なしに処分を行うことは許されないが、県教育委員会が、県費負担教職員に非違行為があると認め、市教育委員会に対して県費負担教職員の進退についての内申をすべきであるとして、市教育委員会に対してその旨の指示をすることは、県教育委員会の人事行政の一環として許されるというべきであり、また、県教育委員会の市教育委員会との前示のような協働関係に照らして、地方教育行政法の趣旨に反するものではないというべきである。よって、本件において、原告が主張するように、県教育委員会が、原告に対する懲戒処分について内申を求めたことが直ちに違法な公権力の行使に該当すると認めることはできないので、原告の右主張は、理由がない。

4  また、原告は、県教育委員会は、本件内申書が市教育委員会の議決を経ることなく進達されたもので、内申にかかる手続上の瑕疵があることを知りながら、これを看過して、本件処分をしたのであるから、国家賠償法により損害を賠償する責を負うと主張する。

本件処分は、市教育委員会の内申に係る手続において重大かつ明白な瑕疵があるとして取り消されたが、本件処分が、右理由により取り消されたというだけで直ちに県教育委員会が行った本件処分が国家賠償法一条一項にいう違法な行為となるものではなく、県教育委員会が、本件処分をするに当たって、市教育委員会の内申に係る手続に瑕疵があったことを故意にあるいは過失によりこれを看過して、本件処分をした場合に、国家賠償法にいう違法な行為があったというべきである。本件全証拠によるも、県教育委員会が、本件処分をするに際して、本件内申書が市教育委員会の議決を経ることなく県教育委員会に進達されたことを知っていたと認めることはできないし、かかる事実を認めるに足る証拠も存しない。

ところで、前記認定した事実によると、教育長野本は、平成元年四月一八日、市教育委員会が作成した原告の懲戒処分を求める旨の本件内申書の決裁をしたが、同月一九日開催された第四回市教委定例会において、原告に対する懲戒処分に関する内申を付議することなく、市教育長名義の本件内申書を県教育長宛に送付し、県教育委員会は、同年五月一一日開催の第一〇九一回県教委定例会において、右内申に基づいて本件処分を議決したこと、市教育委員会の文書収受発送件名簿(<証拠略>)には、本件内申書が県教育長宛に発送された旨の記載があり、県教育委員会の職員である権田均夫は、右進達を受けた後、原告の懲戒処分に関する「人事に関する内申書」(本件内申書。<証拠略>)の空欄となっていた本件内申書の日付欄に第一〇九〇回県教委定例会の期日に合わせて「元・4・26」と記載したこと、本件内申書は、県教育局の定めた書式に従って作成され、「三郷市教育委員会教育長野本全」の記名と公印が押印され、雑賀校長から教育長野本に宛てた「職員の懲戒処分に関する具申」(本件具申書。<証拠略>)が添付されていること、県教育委員会は、市教育委員会から進達された右内申は地方教育行政法に基づく適正な進達であるとして受理し、原告に対する本件処分を行ったことが認められる。そうすると、県教育委員会は、本件卒業式に出席しなかった原告について、県費負担教職員に関する人事行政上の目的を達成するために、原告の懲戒処分について内申をするように指示し、原告に対する服務上の監督権者である市教育委員会から、右指示に基づく内申として本件内申書の進達を受け、これを地方教育行政法に基づく内申として受理したのであり、加えて、本件内申書は、その様式、内容等において地方教育行政法に定める市教育委員会の内申としての一般的、法的な様式、内容を具備しており、市教育委員会から県教育委員会に対する進達の手続も適法に行われていることから、県教育委員会が、市教育委員会の本件内申書の進達に関する一連の手続に瑕疵があったことを知らずに、本件内申書を適法な手続に基づいて進達されたものとして取り扱ったとしてもやむを得ないといわざるを得ない。また、県教育委員会において、市教育委員会から進達された本件内申書の様式、形式及び内容等から、それが適法に作成されたものでないことが明白であるとか、市教育委員会の県教育委員会に対する進達の手続に瑕疵があることを容易に知り得るというような事実も存しないのであるから、県教育委員会が、本件内申書の進達が、市教育委員会から県教育委員会に対して適正に進達された内申であるとして、本件処分をしたことが国家賠償法一条にいう違法な行為に該当すると認めることはできない。

右のとおりであるから、県教育委員会が市教育委員会の内申の一連の手続の瑕疵があることを看過して本件処分をしたことを理由に、被告県に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を求める前記請求は、理由がない。

四  被告市に対する損害賠償請求について

埼玉県人事委員会が、県教育委員会の原告に対する本件処分には、本件処分に当たっての市教育委員会の内申に係る一連の手続において、重大かつ明白な瑕疵を内在していることから、本件処分の正当性を認めることができず、原告の非違行為の事実を勘案しても本件処分の取消しは免れないとして、本件処分を取り消す旨の本件裁決をしたことは、前示のとおりである。

1  被告市は、第四回市教委定例会において、原告が本件卒業式に出席しなかったことが報告され、参列した教育委員らは、原告の行為は、職務違反、信用失墜に該当する行為であり、処分の必要性を認める論議がされ、原告に対する懲戒処分を相当とする意見が交わされたことが認められるが、右定例会に原告の懲戒処分に関する内申が議題として提出され、これが議決された経緯は存しないし、右定例会の議事録によるも、その旨の記載がないことに照らすと、右定例会において、原告の懲戒処分に関する内申が議決されたと認めることは困難である。この点、教育長野本の「平成四(ママ)年第四回三郷市教育委員会定例会議時(ママ)日程」には、鉛筆で「追加人事案件(県内申)」との記載があるが、右記載が、いつどのような経緯で記載されたのか明らかでないし、市教育委員会において公的な記録として記載されたものとは認められず、しかも、前記のとおり、右定例会議事録にはその旨の記載がないことにかんがみると、右記載があることから直ちに市教育委員会が原告の懲戒処分に関する内申を議決したと認めることはできない。そうすると、本件内申書が、市教育委員会の議決に基づいて県教育委員会に進達されたとする被告市の主張は、採用できない。

県教育委員会は、原告が本件卒業式に出席しなかったことから、県費負担教職員に関する人事行政上の目的を達成するために、原告の懲戒処分について内申をするように指示したのであるから、県費負担教職員の服務上の監督者である市教育委員会は、県費負担教職員の人事行政の一環として法律により定められた内申を適正に行うべき責務を負うというべきである。しかるに、教育長野本が、前記のとおり、県教育委員会から原告の懲戒処分について内申するように指示を受けたにもかかわらず市教育委員会の作成した原告の懲戒処分に関する内申書を決裁したが、これを市教委定例会に対して付議して、その議決を経ることなく、県教育委員会に対して本件内申書を進達したもので、埼玉県人事委員会は、市教育委員会の内申に係る一連の手続には、明白かつ重大な瑕疵があるとして、本件処分を取り消したのであるから、教育長野本が行った原告の懲戒処分に関する内申は違法であり、教育長野本の職責や分掌事務に照らすと、右瑕疵については容易に看取し得べきものであるというべきものである。したがって、市教育委員会の県教育委員会に対する内申は、違法な行為であると認められる。

2  被告市は、被告市が国家賠償法に基づく損害賠償責任を負うには、職務行為の違法性が必要であるところ、本件では、第三回及び第五回市教委定例会において、原告の行為が非違行為に当たることについて何らの異論も出なかったことに照らすと、市教育委員会の委員らは、原告を懲戒に付することを承諾していたというべきであるから、教育長野本が原告の懲戒処分に関する内申について市教育委員会の議決を得ることなく行ったことによる違法性は、原告の非違行為のそれに比して被侵害利益は小さいというべきであると主張する。しかしながら、地方教育行政法は、県費負担教職員の任免等については、県教育委員会が独断で行うものではなく、服務監督権者である市教育委員会の内申を手続的に必要とする旨を定めており、県教育委員会が県費負担教職員を右内申なしに処分を行うことは許されないのであるから、原告の非違行為が重大であるとしても、市教育委員会から地方教育行政法に基づいた適正な内申がない限り、その処分には手続において違法があり、右違法は重大であるとして取消しを免れないものである。従って、被告市の右主張は、採用できない。

3  さらに、被告市は、県教育委員会が平成元年五月一一日に原告に対する本件処分を行ったが、その直後に開催された第五回市教委定例会において、県教育委員会に対する原告の処分に関する内申の手続及び本件処分については、これを違法とする論議がされたことはなかったのであるから、県教育委員会に対する右内申に付(ママ)いては、事後的に承認されたというべきであると主張する。しかしながら、第五回市教委定例会において、原告に対する本件処分に関する報告がされたが、その際、本件処分について何らの論議がされなかったというにとどまり、改めて原告の懲戒処分に関する内申に関する議題が提出され、内申に関する手続の瑕疵を治癒する旨の手続が行われたことを認めることはできない。仮に、被告市が主張するように、事後的に承認する旨の手続がとられていたとしても、地方教育行政法は、市教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする旨を定めているのであるから、県教育委員会は、市教育委員会の内申なくして県費負担教職員に対する懲戒処分等を行うことはできないと解すべきであり、内申の手続に瑕疵が存した場合、これを事後的に是正したとしても、右懲戒処分の正当性を認めることはできない。

五  被告野本に対する損害賠償請求について

原告は、被告野本の責任に関して、被告野本が市教育委員会の議決を得ることなく、本件内申書を提出した行為は、極めて違法性が強く悪質な職権濫用行為であり、しかも、被告野本は、右違法性を十分認識していたのであるから、被告野本は、個人としても民法七〇九条に基づき、原告の精神的損害を賠償する責任を負うと主張する。

しかしながら、公権力の行使に当たる被告市の公務員が、その職務を行うにつき、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、被告市がその被害者に対して損害賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は、その責を負うものではない。前示のとおり、被告野本の行為は、教育長としての職務を行うについてされたものであるから、被告野本は、右行為については、民法七〇九条の不法行為に基づく責任を負わない。

六  原告の損害について

前記認定した事実によると、原告は、本件処分により一月間月給の一〇分の一を減給され、この減給に伴って昇給が延伸される等、本件処分が取り消されるまでの約六年半の間、被処分者として学校内外において不利益を受けていたことが認められないではないが、本件裁決により、本件処分が取り消され、原告に対する減給処分及び昇給延伸の原状回復措置が採られていること、本件処分は、市教育委員会の内申にかかる一連の手続に明白かつ重大な瑕疵があるとして取り消されたものであり、県教育委員会が、原告には、地方公務員法に定める職務専念義務違反及び信用失墜行為に該当する非違行為が存するとして本件処分をしたことは相当であると認められること、その他本件における一切の事情を考慮すると、原告が本件処分により受けた精神的苦痛を慰藉するには、金五万円が相当である。

七  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告市に対して金五万円の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、被告市に対するその余の請求並びに被告県及び被告野本に対する請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法六四条本文、六一条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年一一月九日)

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 小島浩 裁判官 檜山麻子)

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